高出力・高精度5軸X線回折計 ATX-G (RIGAKU)

著者: 松崎 功佑 修士課程2年生 (2005年度)

1. どんな装置ですか? 何がわかりますか?

 本装置は4結晶モノクロメータ・コリメータにより単色・平行化された高強度のX線ビームを用いた高分解能X線回折装置(図1の右側)です。主にエピタキシャル薄膜や超格子薄膜の結晶性、構造(格子定数、配向性、歪)の解析、膜厚評価、超格子の周期の解析、極点図形測定、逆格子強度マップ測定などに使用されます。

 私たち研究室では、主に単結晶基板上に高品質エピタキシャル薄膜を作製しています。ロッキングカーブの半値幅からエピタキシャル薄膜の結晶性を評価し、またOut-of-plane測定とIn-plane測定により面垂直方向および面内方向の配向性を調べています。 なお装置左側には、粉末X線回折測定用のゴニオメーターがあり(RINT)、X線発生装置を共有しています。

図1

 

2. どんな原理で測定できるのですか?

X線ビーム
 本X線発生装置には、回転陰極式のCuターゲットを使用しており、通常は管電圧、電流が50 kV, 300 mAという高出力で使用しています。発生装置の窓から取り出されたX線は、スリットを通すことにより平行化され、さらに、Ge (220)やGe(440)の結晶モノクロメータを光学系に置くことでCu Kα1線の波長のみを取り出しています。

 試料の結晶性に合わせてスリット幅を調整しますが、我々が扱っている酸化物薄膜はシリコンなどと比べるとそれほど結晶性が高くなく、むしろ分解能を落としてS/N比が大きくなるようにして測定しています。

 このようにして、薄膜試料を測定する上で必要な高強度で単色・平行化されたビームを得ることができます。

図2

 

測定装置
 X線回折の最も基本となる原理はBraggの式であり、その詳細はRintの装置説明や教科書に譲ります。一般的なRintのような粉末XRD装置は測定軸が2つ(2θ、θ)あるのに対し、このATX-G装置は5つ(2θ、θ、ω、2θχ、φ)もあります(図2)。この5軸を使うことで、逆格子空間内のほぼすべての点における回折線を3次元的に測定することが可能になります。

 典型的な測定例では、あらかじめ、θ-2θスキャンで薄膜が配向していることを確認してから、ATX-Gで厳密に測定をします(配向していることが前提です)。ω-2θスキャンでOut-of-plane(面外)を、またφ-2θχスキャンでIn-plane(面内)を測定します。Out-of-plane測定のω-2θスキャンではΔθ= Δωの関係で連動し、θ-2θスキャンを斜めにした測定と同等であり、薄膜の面外方向の配向がわかります(図2、4)。

 In-plane測定のφ-2θχスキャンにおいてはΔθχ= Δφの関係で連動しており、ビームを全反射角近傍で入射させ、面内回折を見ています。つまり2θ, ωを0°にできるだけ近くし、サンプル台をΔφだけ回転させたときに検出器側をΔ2θχ回転させて、面内配向面によるBraggの反射を測定しています(図3、4)。

 このOut-of-planeとIn-plane測定でエピタキシャル薄膜の配向方位や格子定数を決定し、お互いが直交関係かどうかを確認することができます。

 また2θ固定のωスキャンで薄膜内の結晶子の配向方向にどれだけ揺らぎがあるか(これも、エピタキシャル薄膜の結晶性と呼ばれることがあります)を評価し、2θχ固定のφスキャン測定では面内の回折線が何回対称か、つまり、面内でどのような対称性で結晶子が配列しているかがわかります。

 そのほかに、Out-of-planeのω-2θスキャンやIn-planeのφ-2θχスキャンのような結晶表面と回折格子面が平行な対称反射だけでなく、格子面と結晶表面が平行ではない非対称反射も測定することができます(図4)。これはOut-of-planeやIn-plane測定だけでは薄膜の構造を決定できないときや、結晶の完全性を評価したいときなどに、逆格子空間強度マップ測定と呼ばれる逆格子空間の一部をスキャンする方法でよく使われます。

図3

図4

 

反射率測定

 X線反射率法を用いると、薄膜の膜厚を評価することができます。表面が平坦な物質に表面すれすれのX線を入射すると、臨界角θcと呼ばれている角度以下では全反射が起こり、それ以上では反射率がθ-4に比例して急激に減少し、表面が粗い場合はもっと急激に減少します。 基板上の薄膜では、電子密度(屈折率)が異なる界面でX線が反射され干渉するため、反射率曲線に振動パターンが観測されます(図5、6)。この振動パターンの周期が膜厚の情報を、振幅は表面と界面の粗さ情報を含んでいます。これらをシミュレーションと組み合わせることで、膜厚を求めることができます

 反射率の解析法について少しふれます。

 X線に対する物質の屈折率は1よりごくわずかだけ小さいので、臨界角以下では全反射し、屈折率は次式で与えられます。

  (1)

屈折率は(1)のように複素数で表され、δは実部1からのずれ量で、X線に対しては10-5-10-6のオーダーであり、X線の波長、物質の密度や組成に依存します。またβはさらに1-2桁小さく、X線の吸収に関する量です。 図5のように厚さdの薄膜が1層形成されたものとします。吸収を無視すると、Snellの法則より

  (2)

なので、θi, θrが低角のときは近似を用いて

  (3)

と表されます。

 膜表面による反射光と膜と基板の界面による反射光の光路差Δは

  (4)

となり、近似すると

  (5)

となります。光路差が波長の整数倍のとき干渉がおきます。さらに光学的に疎な媒質から密な媒質へ入射すると反射波の位相が半波長分ずれることを考慮に入れなければなりません。したがって、空気/膜/基板においては干渉の極大は次式で与えられます。

  (6)

mは極大の次数であり整数です。Δmは0または1/2の値をとり、膜のd 値が大きいとき1/2、小さいときには0となります。また、θmはm次の極大を示す入射角です。

 (6)は振動の2つの次数m1とm2に対応した2つのピークθm1とθm2が求まると以下の式で膜厚 dとδを求めることができます。

  (7)

  (8)

このようにして角度位置から膜厚を求めることができます。

 この方法以外に、実用的な方法としてフーリエ解析法やシミュレーション計算と最小2乗法によるカーブフィッティン法があります。

図5

図6