著者: 小出 俊介、博士後期課程1年生 (2005年度)
松石 聡、博士後期課程2年生 (2003年度)
静磁場中の不対電子が特定周波数のマイクロ波を吸収することを電子スピン共鳴(ESR : Electron Spin Resonance)と呼びます。ESRを測定すると、物質中の電子スピンの状態について詳しく知ることができます。ESRはその対象物質の磁性の違いにより、電子常磁性共鳴(EPR : Electron Paramagnetic Resonance), 強磁性共鳴(FMR : Ferromagnetic Resonance)、反強磁性共鳴(AFMR : Antiferromagnetic Resonance)などに分類されます。そのなかで、細野・神谷研究室で主に行われるのはEPRであり、蛍光体やレーザー材料中の発光イオン、半導体中のドナー・アクセプター、材料の機能の低下や劣化をもたらす点欠陥などの同定や定量、局所構造解析のために用いられています。
電子にはスピンと呼ばれる性質があり、それ自身が角運動量と磁気モーメントをもっています。磁場を加えると、その中の不対電子のスピンのエネルギー状態は2つの準位に分裂し、エネルギーの低い準位にあるスピンはαスピン、高い準位にあるスピンはβスピンと呼ばれます。αスピンの磁気モーメントの時間平均は磁場に平行に、βスピンの場合は反平行になっています。常磁性体の場合、2つの準位の占有率はボルツマン分布により決定され、αスピンとβスピンの数を比べると、わずかにαスピンの方が多く、全磁気モーメントの和は磁場に平行になります。
図1: 静磁場中における電子スピンのエネルギー準位
このとき、αスピンとβスピンのエネルギー差に等しいエネルギーをもつマイクロ波を照射するとαスピンはβスピンに励起されます。この共鳴条件は
hν =
gβH0
で表されます。左辺がマイクロ波のエネルギー、右辺がαスピンとβスピンのエネルギー差に相当します。
図2: 電子スピン共鳴
実際の実験ではマイクロ波の周波数νを一定にして、磁場Hに対するマイクロ波の吸収強度を記録していきます。h (プランク定数)とb
(ボーア磁子)は定数なので、吸収の起こる磁場(共鳴磁場)の値(H0)から
g= hν
/βH0
を用いて、gというパラメーターが得られます。
図3: EPRスペクトル
このg値はESRから得られる最も基本的なものです。真空中の場合g
= 2.0023となりますが、原子やイオンの中では、電子スピンの磁気モーメントに電子の軌道運動(L)によるモーメントが加わるため様々な値をとります。すなわち、g値はその電子が入っている電子軌道の状態を反映しています。このg値を調べることで、試料中にどんな磁性イオンや欠陥があるか同定できます。またスペクトルの面積から濃度を求めることができます。
当研究室で用いているCW-EPR装置は2004年度に設置されたばかりの新しい装置です。簡便な手順で測定できるため、g値の決定やスピン濃度の定量に大きな役割を果たしています。
図4 : CW-電子スピン共鳴装置
EPRスペクトルは不対電子近傍の原子核のスピンによっても影響を受けます。もし、不対電子が核スピンをもつ原子・イオンに捕捉されている場合、スペクトルは何本かに分裂します。この分裂の大きさと本数から、原子、イオンの種類、不対電子の分布が分かります。
図5: 核スピンと結合した電子スピンのEPRスペクトル
不対電子から離れたサイトにある核スピンもEPRスペクトルに分裂を与えますが、その大きさは系によっては通常の連続マイクロ波を用いるESR装置の分解能よりも小さく、観測できません。マイクロ波パルスを用いるパルスEPRを用いると、そのような小さな分裂も観測することができ、不対電子周辺の構造解析が可能になります。 他にも電子スピンの緩和過程の直接観測、スペクトルの2次元化なども可能になります。
また、パルスレーザと組み合わせることにより光励起による励起三重項状態および生成ラジカル種の観測も行うことができるため、短寿命励起種の動的な緩和過程を調べることも可能になります。